ハシリドコロ【走野老】

05HASIRIDOKORO.JPG

 山梨県・4月30日撮影

 

立ち所に走り出す

5月の連休には、アウトドア好きなら、山菜採りに出掛ける人もいるだろう。北関東から中部地方では、この時期は山里からもう少し山に入ると、ワラビやゼンマイ、ヤマウドやタラノメなどがちょうどいい。

かつて、学生時代に、山小屋に居候していたことがあった。連休前は、麓にある同じ経営の一軒家の温泉宿に下り、一日がかりでタラノメ採りをやらされた。
初めての経験で、それはおもしろくてしょうがなかったが、手袋を厳重にしても指に棘が刺さるし、背中の背負い籠はずんずん重くなるしで、帰り道はへとへとのふらふらになったことを覚えている。一人20キロぐらいは採ったように思う。

ランプしかないそのひなびた山の温泉宿では、連休中の客にただひたすらタラノメの天ぷらを出していた。
下りてきたときぐらいは、働いているところを見せなければならなかった。沸かし湯だったから、ふろ焚きもやった。翌朝はまた山小屋に上がらねばならない。雪かきが待っている。
その夜、一人遅い晩飯を食べていると、揚げたての天ぷらをこっそり持ってきてくれたアルバイトの女の子がいた。物静かで、無表情な子だった。
なぜか東京から来ていた。一、二度、東京までいっしょに帰ったこともあったような気がする。でも、実に無口な人だった。その人といると、学業を放棄し、深夜の土方と山小屋を往復するようにして食いつないでいた私が、むしろ屈託のない青年に見えた。
ずいぶん昔のことだから、もう名前も忘れてしまったし、どうしているのかも知らない。でも、あのときのタラノメの天ぷらのうまさだけは、はっきりと覚えている。歳月は、そんなことくらいしか記憶のふるいに残してくれないのだろうか。

あの山の麓にも、4月の終わりころにはハシリドコロの花がよく咲いていた。
ハシリドコロは、本州・四国・九州の山の木陰や谷間のやや湿ったような場所に自生し、群落をつくることもある。別名をキチガイグサという。
この草を誤って食べると、幻覚におそわれ、たちどころに走り出すといわれている。全体にアルカロイドを含む猛毒植物である。
渓流釣りにきた人が、若芽を山菜と誤って食ベ、三日三晩わけもわからず山中をさまよい歩いたあげく、ボロボロになって見つかったという出来事が、新聞で報じられたこともあった。
やわらかそうな若芽が、山菜で特にうまいとされるトトキ(ツリガネニンジン)にまちがえられるようだ。

4月から5月はじめごろには、写真のような黒ずんだ紫色の花を下向きに咲かせる。吊り鐘形の花の中は黄色味をおび、猛毒植物と知らなかったら、かわいらしい感じさえする。
節のある太い地下茎はロート根と呼ばれ、これを原料に鎮痛・鎮痙薬のロートエキスがつくられるそうだ。薬用植物ではあるが、素人が用いるのはきわめて危険である。

(2000.5.1)

*

← 表紙へ   一覧へ

inserted by FC2 system