アブラゼミ【 油蝉 】 |
歩いていたら,いきなりこのセミが飛んできて,私の左の胸あたりにとまった。いったいどういうことなんだと,びっくりしたが,セミはしがみついているというか,抱きついているような感じだった。濃紺のポロシャツを着ていたから,木の幹と間違えたのだろうか。セミはじっとしていた。慌てるようすもなければ,驚いているようなふしもなかった。平然ととまっていた。夏の暑い日盛り,あたりは静まりかえっていた。そういう場所だった。沈黙と過去だけが支配する世界だった。セミはいつまでも,飾り物のようにじっとしていた。放っておけば,そのまま永遠にとまっていそうな雰囲気だった。そうしてもよかったのだが,それをするにはあまりにも暑い夏の日だった。そっと手で捕まえたら,突然正気に戻ったかのように,信じられないほどの力で羽をばたつかせ,ジージーと大声をあげて鳴き騒いだ。近くにあった曲がりくねったようなカイズカイブキの幹にとまらせたら,逃げもせず,さっそく針のような口を幹に刺し樹液を吸っていた。そうか,のどが渇いていたのか,腹が減っていたのか…。 |
(2007.8.7更新) |